米津玄師「M八七」の歌詞の意味と映画との関連性について

米津玄師「M八七」の歌詞の意味と映画との関連性について

米津玄師「M八七」の歌詞の意味は、今までに数多くのヒットソングを生み出してきた米津玄師の新曲でもあることから、内容について知っておきたいと思う人も。

今回の作品によりまた違った角度から、魅力を感じることができそうです。今回は米津玄師「M八七」の歌詞の意味と映画との関連性について詳しくお伝えしていきましょう。



映画について

「M八七」(エム ハチジュウナナ)は映画『シン・ウルトラマン』の主題歌です。製作陣からオファーがあった時には、とても光栄だと語っていた米津玄師。

こういった中で歴史のある作品でもあるため、自分でいいのかという葛藤も感じていたのです。様々な思いの中、この作品が出来上がりました。

最初のタイトルは「M78」

大きなプレッシャーがあった中で、米津玄師が大きな拠り所だと感じたのは初期ウルトラマンシリーズのヒーローや怪獣をデザインした成田亨さんの存在でした。

成田亨さんの描いてきたウルトラマンの姿を再現することをコンセプトとして捉え、このためにイマジネーションを膨らましていったのです。

この時間や作業は米津玄師にとって、とても濃くそして苦悩を感じるものに。ウルトラマンの故郷はM78星雲です。だからこの曲のタイトルを最初は『M78』にしていたのです。

でもあるアドバイスを受けて調べていくうちに、ウルトラマンが企画された段階ではM87星雲だと知ったためこのタイトルに決定しました。

 

歌詞の意味について

とても遠い星が空にあったのです。強く輝いて見えたのでその光を追うことに。以前までの自分を見つめながら思っていたのは、強くなりたいということでした。

そして憧れるものがとても多かったのです。大切な人は風に吹かれながら、たなびく帽子を見上げています。これからも長いけれど短いと感じる旅を続けるのでしょう。この時に思うのはかなり昔の影。

望むことがあるのなら、きっと応えてくれるはずです。だから怖がらなくてもいい。痛みを知ったとしても、それが分かる自分でいることができるのならとても素晴らしいことだから。

枯れてしまうように見える花が、自分に向かって伝えてくれるのです。姿は見えないかもしれない、でもずっと先で見守っているからと。

生きていく中で、傷ついたり心が削れそうになったりする時もあるでしょう。このような物語が始まる時に思うのは、とても小さな寂しさの感情。

大切な人の手が触れた時に、ここに孤独の力を感じたのです。もしそうだとしたら、誰も奪うことなどできない。これからもきっと求めあい続けていけるのです、それはこの命が尽きる時まで続くのでしょう。

星たちは伝えてくれる、木々の葉の方から。そして未来を心に描きながら、見つめるのです。先のことを知らずにただ今いる場所よりも向こうへと、一緒に進んでいこうとしています。

自分が望んだのなら、きっと強く応えてくれるでしょう。だから全てに対して怖がるようなことはないのです。

痛いという思いを知る、ただ一人の人でいるのはとても大切だから。星のようにそっと笑顔を見せてほしい、これができるのもきっと痛みを知っているからでしょう。

 

誰もが大切に感じる記憶と思い出

ウルトラマンの世界に対しては、誰もがとても大切にしている記憶であり宝のような存在かもしれません。

ウルトラマンの目線でこの曲を聴く人もいるでしょう。こういった中でウルトラマンと主人公を一心同体のように、この曲は表現することができているのです。

主人公がどのようにしてウルトラマンに変身をするのか、そしてその結末についてもとても気になりますよね。

この曲を聴くことにより、映画の場面についてもイメージを膨らませることができると感じます。

本当に大切なものは何かを、曲や映画と共に一緒に辿っていくことができる、とても魅力的な作品に仕上がっているでしょう。

 

☆こちらの曲も聴いてみてくださいね!

>>>緑黄色社会「陽はまた昇るから」の歌詞の意味と伝わるメッセージについて



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